知影著『魚山余響』を読む。 -50-

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  一、観心院僧正文化八年辛未九月の御法事参勤の時の物語に、
    住山後宮中院中並御籠の御法事あはせてこれまで三拾箇度つとめらるゝよし、
    六十未満にてこれほど度々参仕せられたる人は近代希なるよしなり、


                          光隆寺知影『魚山余響』第32条



知影の師匠・知観が、文化8(1811)年九月に勤められた法要の時、
知影に語ったことを書き留めているのであろう。
ただ、文化8年9月というのは、もしかすると記憶違いなのかも知れない。

魚山に蔵される魚山法師の名鑑ともいえる『両院僧房歴代記』中、
「宝泉坊」の項目にある知観の履歴を見ると、
知観が出仕したその年の法要は、
10月に勤められた「後桃園院尊儀三十三回忌御懺法講参勤」は見えるが、
9月に法要があった形跡は見受けられない。
もっとも、この記録には見えない皇族方の法事もあったやも知れない。

知影は、知観が魚山に住してよりこの方、
出仕した宮中の法要は、「御籠の御法事」なども数え上げれば、30回に及ぶという。
当時、宮中には天皇家の仏間「御黒戸」をはじめ、さまざまな仏間や持仏堂が存在したようである。
還暦を経ずしてこれほど宮中の法要に出仕している僧侶は、
近頃では稀有な存在であると、知観のことを称讃している。



























































■知影著『魚山余響』を読む。
■知影著『魚山余響』を読む。-2-
■知影著『魚山余響』を読む。-3-
■知影著『魚山余響』を読む。-4-
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■知影著『魚山余響』を読む。-6-
■知影著『魚山余響』を読む。-7-
■知影著『魚山余響』を読む。-8-
■知影著『魚山余響』を読む。-9-
■知影著『魚山余響』を読む。-10-
■知影著『魚山余響』を読む。-11-(第一条)
■知影著『魚山余響』を読む。-12-
■知影著『魚山余響』を読む。-13-
■知影著『魚山余響』を読む。-14-(阿弥陀懺法について)
■知影著『魚山余響』を読む。-15-(阿弥陀懺法について)
■知影著『魚山余響』を読む。-16-(阿弥陀懺法について)
■知影著『魚山余響』を読む。-17-
■知影著『魚山余響』を読む。-18-
■知影著『魚山余響』を読む。-19-
■知影著『魚山余響』を読む。-20-
■知影著『魚山余響』を読む。-21-
■知影著『魚山余響』を読む。-22-
■知影著『魚山余響』を読む。-23-
■知影著『魚山余響』を読む。-24-
■知影著『魚山余響』を読む。-25-
■知影著『魚山余響』を読む。-26-
■知影著『魚山余響』を読む。-27-
■知影著『魚山余響』を読む。-28-
■知影著『魚山余響』を読む。-29-
■知影著『魚山余響』を読む。-30-
■知影著『魚山余響』を読む。-31-
■知影著『魚山余響』を読む。-32-
■知影著『魚山余響』を読む。-33-
■知影著『魚山余響』を読む。-34-
■知影著『魚山余響』を読む。-35-
■知影著『魚山余響』を読む。-36-
■知影著『魚山余響』を読む。-37-
■知影著『魚山余響』を読む。-38-(勧請について)
■知影著『魚山余響』を読む。-39-
■知影著『魚山余響』を読む。-40-
■知影著『魚山余響』を読む。-41-
■知影著『魚山余響』を読む。-42-
■知影著『魚山余響』を読む。-43-
■知影著『魚山余響』を読む。-44-
■知影著『魚山余響』を読む。-45-
■知影著『魚山余響』を読む。-46-
■知影著『魚山余響』を読む。-47-
■知影著『魚山余響』を読む。-48-
■知影著『魚山余響』を読む。-49-

■写真■

三千院門跡で修された「御懺法講」総習礼の様子。
2017年5月28日、京都市左京区大原の三千院にて撮影(許可済撮影)。
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プロフィール

namoamidabutsu18

ようこその御来遊、有難うございます。
令和元年8月31日、Yahoo!ブログより移転しました。
……………………………………………………

京都、宗教、今時のこと。そして、好きな酒について…。
心に移りゆく「よしなしごと」を書こうと思う。
あと、しばし撮り溜めた隣国・近江の琵琶湖の写真など…。
要は気ままに更新して参ります。
自身への癒やしはここへ来られる方々のためにも…と思いつつ。

浄土真宗に籍を置く僧侶。
そして自称、第一線(何をそういうのか解らないけど・笑)から遠のいている遁世僧。
宗門からは一応、「布教使」という資格を受けている。
一時期、精力的に出講すれども…今は「遁世」の身(笑)。

生まれも育ちも京都市。
口が達者と言われるけれど、全くそんなんじゃない、口べた。
ただまあ、いろいろ世の中の物事について考えている方だから、
理屈っぽいとは思うけど・苦笑。

僧侶の傍ら、今は京都市内の某マスコミ関係に勤めながら、「二足の草鞋」で生きている。(※2007年5月に退職)
そんな生活に一抹の自己矛盾を感じながら生きているけど、そこが人間のペーソスだと思っている。
仏の慈悲心とは何ぞや?!と、毎日頭のどこかで考えている。

僧侶だが、宗派の慣習で髪の毛あり。
得度式の時は剃髪した。
頭がマジックテープ状態になって、枕にへばりつき、寝にくかった記憶あり。
随分昔の懐かしい思い出。
私服だと僧侶とは判別しにくい。

そんな私は、自分の技量のほどはともかくとして、
ずっと師僧に師事して古儀の聲明(しょうみょう・仏教声楽)を学んでいる。
仏教儀礼というのは一度簡略化してしまうと、元の姿に復元するのは困難だとされている。
そこで師僧のライフワークでもある、簡略化される以前の、本来に戻す作業をお手伝いしつつ、
仏事本来の意味を考究したいと思ってやまない。

そんな私ではありますが、ふと足を止めて何か感じて下さったら、是非足跡残して下さいませ…。
一期一会を有難うございます。m(_ _)m

【気ままな遁世僧 Ren'oh】より    

(2005年拙ブログ開設当時の紹介文です)

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