知影著『魚山余響』を読む。 -51-

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  一、享和二年癸亥九月宮中御法事の時の事かと覚へ侍る、
    僧正の物語に主上初中結ともに御行道のおもむきに候ところ、
    中日には御行道なし、桜町院以来御行道の儀中絶のところ、
    このたび御行道の儀ふるきに復せらる、先年は後唄のときは入御なり、
    このたび後唄のときも僧衆一列に立形にてわたらせらるとなり、


    御所作   初日箏  中日琵琶 巌
          結日 笛
  
          結日梶井宮僧正登壇のとき音頭あそばさるとなり
           
           共行 一條右大臣中良  徳大寺大納言
              山科中納言

    主上御直衣  共行堂上各衣冠
    
    宮並に僧正鈍色衲衣、其外僧衆鈍色甲袈裟



                          光隆寺知影『魚山余響』第33条




享和二(一八〇二)年九月に勤められたという御懺法講の記憶を、
知観から伝え聞いたのであろう、本条に書き記している。
これは本書第二十一条にも見られる年号であるが、享和三年十月に勤められた、
「後桃園院尊儀二十五回聖忌」のことと考えられる。
その折、初日・中日・結願の三座に天皇も行道に加わるところ、
中日のみ行道には加わらず、雅楽の「御所作」があったという。

それから後桃園院尊儀三十三回忌御懺法講においては、
時の帝・光格天皇はこの法要において、桜町天皇以来途絶えていた、
「宸儀御行道」を復活させたのである。
あるいは法要の終結部分で唱えられる「後唄」の時、天皇は入御(道場から退出)したが、
後桃園院の法要でも同様であり、
天皇入御に際して出仕した僧侶たちは一列になって控えたのであろう。
もっとも入御に際して式衆たちは、蹲踞の姿勢を執ったと考えられる。

続いて、天皇の「御所作」のことが記されている。
即ち天皇は、法要で奏でられる雅楽の演奏に加わり、
宮門跡が調声を務める最終日である結日には、
宮門跡の登礼盤に際して「音頭」を務めている。























































■知影著『魚山余響』を読む。
■知影著『魚山余響』を読む。-2-
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■知影著『魚山余響』を読む。-38-(勧請について)
■知影著『魚山余響』を読む。-39-
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■知影著『魚山余響』を読む。-48-
■知影著『魚山余響』を読む。-49-
■知影著『魚山余響』を読む。-50-

■写真■
高田派京都別院で修された「管絃講・順次往生講式」の様子。
2017年3月11日、京都市右京区宇多野の真宗高田派京都別院にて撮影。
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プロフィール

namoamidabutsu18

ようこその御来遊、有難うございます。
令和元年8月31日、Yahoo!ブログより移転しました。
……………………………………………………

京都、宗教、今時のこと。そして、好きな酒について…。
心に移りゆく「よしなしごと」を書こうと思う。
あと、しばし撮り溜めた隣国・近江の琵琶湖の写真など…。
要は気ままに更新して参ります。
自身への癒やしはここへ来られる方々のためにも…と思いつつ。

浄土真宗に籍を置く僧侶。
そして自称、第一線(何をそういうのか解らないけど・笑)から遠のいている遁世僧。
宗門からは一応、「布教使」という資格を受けている。
一時期、精力的に出講すれども…今は「遁世」の身(笑)。

生まれも育ちも京都市。
口が達者と言われるけれど、全くそんなんじゃない、口べた。
ただまあ、いろいろ世の中の物事について考えている方だから、
理屈っぽいとは思うけど・苦笑。

僧侶の傍ら、今は京都市内の某マスコミ関係に勤めながら、「二足の草鞋」で生きている。(※2007年5月に退職)
そんな生活に一抹の自己矛盾を感じながら生きているけど、そこが人間のペーソスだと思っている。
仏の慈悲心とは何ぞや?!と、毎日頭のどこかで考えている。

僧侶だが、宗派の慣習で髪の毛あり。
得度式の時は剃髪した。
頭がマジックテープ状態になって、枕にへばりつき、寝にくかった記憶あり。
随分昔の懐かしい思い出。
私服だと僧侶とは判別しにくい。

そんな私は、自分の技量のほどはともかくとして、
ずっと師僧に師事して古儀の聲明(しょうみょう・仏教声楽)を学んでいる。
仏教儀礼というのは一度簡略化してしまうと、元の姿に復元するのは困難だとされている。
そこで師僧のライフワークでもある、簡略化される以前の、本来に戻す作業をお手伝いしつつ、
仏事本来の意味を考究したいと思ってやまない。

そんな私ではありますが、ふと足を止めて何か感じて下さったら、是非足跡残して下さいませ…。
一期一会を有難うございます。m(_ _)m

【気ままな遁世僧 Ren'oh】より    

(2005年拙ブログ開設当時の紹介文です)

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